メモ「嫌われる勇気」
人生はシンプル
アドラー心理学では世界は常にシンプルであると考える。
世界や人生が複雑なのではなく、自分が複雑に見ているだけ。
人は皆、世界を自分の主観で見ている。
つまり見方を自分で選ぶことができる。
自分の身の回りに起こる出来事にどう意味付けをして、どう反応するかは自分次第だということが、本書の冒頭で出てくる主張である。
目的論と原因論
原因論とは、
人の行動は過去の経験や身の回りの環境が決定づけている
という考え方。
目的論とは、
人の行動は、過去の経験や身の回りの環境に対して自分がどういう意味を与えるかということによって決まる
という考え方。
例えば、過去にいじめられたという経験から引きこもりになっている人の場合、
原因論では、いじめられたという原因があるから、人との関わりで傷つくことを恐れ引きこもりになってしまったと考える。
それに対して目的論では、「人との関わりで傷つきたくない」という目的が最初にあり、その理由として「過去にいじめられた経験」を利用していると考える。
両者の違いは、
原因論が人生に対して反応的であるのに対して、目的論は人生に対して主体的であるという点である。
人は環境によって決められる受動的な生き物ではなく、環境に対して反応を選ぶことができる主体的な生き物であるということがアドラーの主張である。
過去の経験や環境が原因となって今の自分を使っているのではなく、
まず、目的がありその目的のために、過去の経験や環境に自分がどういう意味を与えるかということによって今の自分が作られている、
ということだ。
何が与えられているかではなく、与えられていることをどう使うか
不幸な人生は自分で選んでいるというのがアドラーの考え方。
「自分は周りの人に比べて与えられているものが少ないから不幸なんだ。」
と考えている人は、「〜だから不幸なんだ。」という反応を自分で選んでいる。
原因論の考え方である。
そういった環境や持って生まれたものが人生に与える影響は少なからずあるが、
無い物ねだりをしていては幸せになれないし、そういう不幸な考え方を選んでいるのも自分自身である。
大切なのは、与えられているものに自分がどういう意味を与えて、どう活かしていくか。
「幸せになる」
という目的から考えたときに、
「何が与えられているか」
ということは関係ない。
そういったコントロールできないことに目を向けるのではなく、
いかに自分でコントロールできることに目を向け、エネルギーを集中させられるかが大切ということがアドラーの主張である。
全ての悩みは対人関係の悩みである
人が幸せになれないのは、
他者と自分を比べて劣等感を感じてしまっているからである。
人生を他者との競争と考えていてはいつまで経っても悩みは無くならない。
他者より前に進んだかどうかで考えるのではなく、
理想の自分に向けて自分がどれだけ前進したか
で人生を考える。
人と比べるのをやめて、理想の自分と今の自分を比べるようにしようということである。
他者の課題と自分の課題
人は周りから認められたいという強い承認欲求を持っている。
しかし他者に認められたいという欲求や、人にどう思われるかという不安に怯えて生きていては、いつまでも幸せにならないし、それでは他者の人生を生きることになってしまう、
人にどう思われるかを気にしてる人は、
他者の課題に踏み込みすぎているとアドラーは主張する。
承認欲求から解放されて幸せになるには、自分の課題と他者の課題を分けることが大切である。
自分の課題とは、自分でコントロールできること。
他者の課題とは、自分ではコントロールできない他者が決めること。
例えば、自分が他者に対してしたことや自分の行動について、周りの人がどう評価するかは他者の課題である。
それを気にしても仕方がないし、ストレスがたまるだけである。
そういった他者が決めることについて悩むのをやめ、自分でコントロールできることだけに目を向けることが大切である。
つまり、自分でコントロールできないことで悩むな。自分でコントロールできることだけに集中しろ、ということだ。